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2017-04

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双子出産体験記、ようやく完結。 - 2010.03.09 Tue

双子を妊娠したと分かったときは
ただただビックリしただけで・・・

その後、ネットで情報を集めは怖くなったり楽しくなったりを
繰り返し・・・

双子出産体験記などを見ては将来の不安を感じたり
逆に勇気づけられたり・・・

いろんなかたの体験記、ブログを見て本当に参考にさせてもらいました

というわけで私も記憶がまだあるうちにその記録を残し
大げさですが誰かのお役に立てれば、とちょっとずつ妊娠・出産の記録を
コツコツと書き溜めておりました。

私は双子に体重差があったため最後は管理入院のすえ34週で帝王切開で出産したので
少しは大変な思いもしました。

その後、双子友達も増えいろんな大変なお話を聞くと私の大変さなんてまだまだ
かわいいもんで、もっとすごーく深刻に大変な思いをされた方の多いこと!

ですが、双子プレママさん、
よろしかったら参考にしていただければ幸いです

第1章 「双子妊娠から管理入院までの記録

第2章「双子誕生当日の記録

第3章「出産後から退院までの記録


短く書こうと思いながら、書き始めると”長編大作”となってしまいました。

では~。

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出産後から退院までの記録。 - 2008.12.01 Mon

双子誕生当日の記録」のつづき~。


恐れていた帝王切開の痛みもまったくなく
あっという間に終わってしまった手術。
正味、45分くらいか。その半分以上の時間は麻酔にかけていたし。

部屋に戻ってからは新生児科の先生から話があるので待機するように言われて
旦那とずーっと待っていたけど一向に連絡なく。2時間くらい待たされた。

その間に新生児科では双子のあらゆる検査が行われていたいみたい。
マイケル先生が夕方ではなく急いで昼間に手術を強行した理由が分かった。
夕方だったら検査終わるの待ってたら夜遅くになってたわ。

約2時間後、先生に呼ばれ私は動けないので旦那が話しを聞きにいった。

第1子 1408グラム(極低体重出生児)
第2子 2014グラム(低体重出生児)
その時点でできる検査は一応すべてクリアし、今は二人とも過呼吸のため
呼吸を助ける措置と小さいので体温維持が難しいので保育器の中に。

過呼吸は帝王切開で生まれた赤ちゃんにはよく見られる症状で
自然分娩とは違い急に外の世界に出てきた赤ちゃんは呼吸する準備が
出来ておらず過呼吸になるらしい。

というわけでその時点では体重が小さい、というだけで
一応問題なしだったので一安心でした。



出産の痛みはなかったけど正直、手術後から次の日の朝までが一番つらかった。
痛いからではなく、動けない・眠れないという辛さで。

眠れないのは。
術後、血栓ができるのを予防するため両足にマッサージ機みたいのが
付けられていて15分間隔くらいでそれがウィーンと動き出し足を締め付けては
緩む、の繰り返し。朝までずーーーっと。

眠れないし、喉はカラカラなのに動けないし、飲めないし。
これがほんとに一番辛かったことです。

幸い、ほんとに痛みは全くない。
背中にやわらかい針がささっていてそこからチューブが伸びて
背中を這わせ、顔のよこあたりにペットボトルのような入れ物が付いていて
その中に麻酔液が入っており、そこからちょっとづつ麻酔が体内に入れられている。
(硬膜外麻酔というもの)

そのため嘘みたいに術後もまったく痛みがない。
この麻酔はその後なくなるまで2,3日つけたまま。
最後まで全く痛みを感じることなく順調に回復し、
次の日にはその麻酔を自分で手に持ってスタスタ歩けた。

長男の自然分娩の時にずっと付き添そい、その苦しみを見た旦那は
この元気は私を見て「みんな帝王切開で産めばいいのに。その方が合理的や。」と
お気楽なことを言っていた。

ちなみにこの硬膜外麻酔は予定手術の場合のみ使えるようで
緊急手術の場合はつけることができないため術後の痛みはけっこうあるらしい。
実際、同じ帝王切開でもものすごい苦しそうに廊下を歩いてる人がいたし。


出産翌日、新生児科の先生から改めて面談の席が設けられお話があった。
小さく生まれただけで今のところ問題ない、これからさらに検査は色々あるけど
このまま体重が2300グラムを越すまで双子は新生児科に入院とのこと。
(ここの病院の退院基準は2300グラムだった)

そしてこの後、医師より凍りつく一言が。
「たぶん、違うと思うねんけど第2子の子、ダウン症の検査してます。」と。
突然、予想もしないお話に固まる旦那と私。
体がカーッと熱くなって、サーっと寒くなる感じ。

先生いわく「小児科医をしてきた経験上のカンです。」だって。
”カン”って・・・。

第2子とは後のチーのことですが、その顔つきを見てだって。
二卵性だけど、双子なのでもう一人の第1子のナオも検査してますと言われ、

ご両親に言うほどでもないくらいおそらく違うけど、個人情報の事もあるし
染色体検査をしているのに伝えないわけにはいかないから、、とのこと。

結果的にダウン症ではなかったのだけど
おそらく違うといわれてもその結果が分かる2週間ほどはずーっと頭の片隅に
あってしんどかったです。

生後2日目。
nicu-7.jpgnicu-4.jpg
保育器の中のチー(左)とナオ(右)、ナオの腕が私の指と同じくらいの太さです。

はじめて二人を見たときのことで今でも忘れられないエピソードが。
私は「はぁ、、なんと小さい。」って感じで、ただただビックリしていると旦那が
「あの体についてる白いやつ見てみー。」と言った。

写真では分かりずらいけど心電図をとるためにペタっと体につけられている白い部分に
犬とか猫とかパンダとか動物の絵が描いてあります。

「あそこに動物の絵が描かれてるねん。芸が細かいと思わん~?さすが小児科やな。」だって・・・。
なんか私的にはこの状況でそんなことを言うのがおかしくてツボにはまり
笑ってしまったけど、場が和んでよかったと思ったお話です。


双子のその後の経過は
NICUで保育器には1週間くらい入っていて
その後は2ヶ月ほどGCUで検査・投薬(カルシウムなど)でひたすら体重増加待ち。
nicu-3.jpgnicu-2.jpg
搾乳した母乳を哺乳瓶で飲ませてもらっています。チー(左)、ナオ(右)
目隠しをしているのは黄疸が出ていたので光線治療のため目を保護してます。

nicu-6.jpgnicu-5.jpg
ナオ。パンパースの新生児オムツがブカブカ。足に巻かれてる白いのは血圧計。すべてがミニサイズ。


この期間の間に眼科の検査、聴力の検査、MRIで脳の検査と
月に1回のシナジス注射(SRウィルス感染予防、未熟児が感染しやすいので)。
そして私は退院後も毎日、家で搾乳して冷凍した母乳を授乳の時間に合わせて
届け、同時に直母(おっぱいから直接母乳を飲む練習)の練習。

眼科の検査はね。
未熟児は目が悪くなる可能性が高いので、けっこう重点的に検査されていたようです。
ちょっとネットで調べたら保育器に長く入っていることが目の発達によくないらしく
(未熟児網膜症という病気)、生命維持のために保育器に入っているのだけど
目が悪くなる確率もあがるというジレンマがあるようです。

そういえば、周りにいる双子ちゃんの眼鏡率が高い気がする。
病院でもおそらく全盲に近いといわれている赤ちゃんいたし・・。
今のところ二人とも眼科はクリアしたけど、3歳くらいになるまで
視力とかは分からないんだろうなぁ。。。と思います。

最初、その小ささからNUCUを1週間で出たときは
まだこんなに小さいのに大丈夫なん?と思ったけどそういる理由もあったのか、と
思います。NICUの病床不足っていうのも大きな理由だど思うけど。
nicu-11.jpgnicu-9.jpg
NICUを出てGCU(回復室)へ。ここで約1ヶ月半過ごしました。
体温調節がまだ難しいので何重にもタオルがかけられてました。



ところで第2子のチーは小さいながらも2300グラムまではもうちょっとだったので
先に退院するのかと思っていたけど、ここの病院では双子の場合、同時退院が基本だったので
第1子の小さかったナオが2300グラムに達するまで待ってくれるとのこと。

これはすごい助かりました~。
だって新生児を育児しながら病院に通うなって超大変だと思うから。
そしてここの病院ではベットを確保しないといけないためか
帝王切開でも6日で退院が基本だったのでそのとおり退院。



退院した後は私は今までのしんどい体から解放されすこぶる元気に。
家では4時間ごとに目覚ましをセットして搾乳(1回200ml)して冷凍パックする日々。
周りから心配されるくらい動き回り、リュウのサークルの送り迎えや自転車、電車に乗っての病院通い。

忙しかったけど久々のシャバの空気がすがすがしく、動けることの楽しいこと。
病院通いも大変というより楽しかったし、今となってはいい思い出です。

平成20年10月9日に生まれ平成20年12月1日にめでたく無事に退院となりました。
(退院時・チーは3370グラム、ナオは2626グラム)



最後に双子たちの入院にかかるお金の話。

最初の1週間、NICUにいたわけですが、それを含む10日間分の請求書を見て
ビックリ!!なんと一人につき約70万円!×2人=140万

でもでも最初見たときは度肝を抜かれたけど2000グラム未満で生まれた子に対して
国から補助があり実際のその時の負担は3万位でした。
(チーは2014グラムでしたが医師の判断によりこの制度、適用になりました)

10日間で140万って。高いすぎ!とも思ったけど
いろんな事情(24時間重点看護の人件費、なにより保育器1台とその周りの機材は
1人分で2000万円くらいするらしい)で納得。

補助があってよかった~。なかったら破産ですわ。
それにしても負担が少ないのは嬉しいけど、逆にそんなに補助してもらう
国のお金も大丈夫なのかと心配にもなったり。


そしてさらにこの負担した分も次に県の制度で補助があり
数が月後には所得に応じて還付されました。
2ヶ月間入院の衣服やオムツの実費は当然、自己負担ですが。

最終的にはトータルで窓口で17万円くらい支払い
後の還付で7万円くらいもどってきたので、実際払った額は10万円くらいです。

ほんと補助があって助かりました。
でもこれも2ヶ月入院の私でこれなので、長期入院となると
やっぱりじわじわと家計を圧迫なんだろうな~と思います。

出産一時金ももちろん二人分で2倍。
入院もさほど長くなかったし帝王切開で医療保険の給付金も出るし
最終的には出産一時金でかなりのプラス。
でも後でかかるお金も2倍だから一時的に増えるだけで同じだけど。
医療費控除もプラスになるので対象にはなりませんでした。


二人が退院した時は旦那が一人、私が一人を抱っこしてNICUから出たのですが
いきなり・・・
靴を履いたり、受付で退院の手続きをしたりする時に
この抱っこした赤ちゃんはどーしたらいいの~?手が足りない・・・。
というちょっとしたことの現実を感じ、やっていけるだろうかという不安を
強く感じたのを懐かしく思います。
(きっと一人目だったら途方に暮れたはず。)


これからもいろいろ山あり山あり山あり・・・・だろうけど
とりあえず無事に二人とも誕生してくれたことに感謝しつつ
この双子出産体験記はひとまず終わりデース。

双子誕生当日の記録 - 2008.10.09 Thu

双子妊娠から管理入院までの記録」のつづきです。



10月9日(34週)、いよいよです。

2日前のマイケル先生のお話で2日後の検診次第で決断しましょう、と
言われていたけど、さすがに検診して「じゃあ今日しましょう。」なんてことは
ないだろうと余裕をかましていた私。

午前中にマイケル先生の呼び出しをうけエコー室へ。
マイケル先生の横には研修医の若い男性医師。
マイケル先生の説明を私よりも食い入るように見る研修医。

いつもエコーでは大きさ等見るのは普通ですが、同時にそれぞれのへその緒の
血流の状態も確認します。血流が逆流していないかどうかが分かるのですが
逆流していればそれだけ赤ちゃんの状態が悪いとうい目安になるみたい。

幸い私の場合、血流の状態は良好とのこと。
なぜ、二人に体重差が見られるかはお腹を開けてみないと分からないけど、
よくある原因としては、
1、胎盤の大きさに差がある。
2、へその緒の太さが細いか太い。または長いか短い。
3、へその緒の付いてる位置が胎盤のいい位置か端っこか。 だって。


たった2日間で状態が好転するわけもなく相変わらずの体重差。
「よーし、ちょっと新生児科と相談して連絡するからベットで待ってて。」
と言われ病室へ戻る私。

「いよいよもしかして明日かしら~。」とちょっとドキドキしていたら
すぐにマイケル先生と研修医が登場。

「やっぱり今日出すわ~。このままお腹におっても変わらないし新生児科も
今日だったら都合が良いと言ってるから。」とマイケル先生。

「えっ、マジ・・・・。」と私。


「今日、なんか食べた?」と聞かれ「病院の朝食だけです。」と答えると
「ま、いいか。これから何も食べず飲まずでおってね。またいつになるかは
連絡しに来るから待ってて。」と言い立ち去る。

(よく手術前日から絶食とか聞きますが、やはり内臓をさわる手術は食事を
摂っていると後で気持ち悪くなるので絶食となるみたい)


あまりの急展開に頭がグルグルの私。

とりあえず術後はしばらくシャワーができないだろうから
「シャワーだけでも行っておこ。その後、旦那に連絡しよ。」と思って
と急いでシャワー室へ。(午後12時)

ただでさえシャワーはマラソンしたみたいな疲労感なのに
急いで入ったので、またしても息切れ。
ハァハァいいながらシャワー室で服を着ていたら看護士さんが飛んできた。


「今から50分後に手術って決まったからー!!
手術の前に心電図とレントゲンも撮らないといけないから急いでー!!」と。


もう訳が分からん、50分後って、間に合うんかー???と頭グルグル。

頭もちゃんと拭くことができず、急いで服を着て髪の毛がビショビショのまま
看護士さんに引っ張られ見知らぬ病室へ連れて行かれる。

術後はゆっくりしたいと思っていたので産後は個室に移してもらうように事前に
お願いしていたので、私がシャワーしてる間に看護士さんが私の荷物を全部、
新しい個室の病室へ移していてくれた。

あまりの急展開に看護士さんもかなり焦っていて
あーして、こーしてとマッハの準備

私はマネキン人形のように身ぐるみはがされ手術着へ。
着替えさせられながら携帯で旦那に連絡。
旦那の会社が病院まで20分くらいだったので
急いで来てもらえたとして間に合うかは微妙・・・。

麻酔科の医師が飛んできて麻酔の説明と同意書のサイン。

研修医が飛んできてずーっとしていたウテメリンの点滴をはずし、
かわりに手術用の静脈ラインをつける。

マイケル先生が飛んできて手術の説明。

マイケル先生の付き添いのもと研修医が押す車椅子に乗せられ
心電図→胸部レントゲンへ。急いで病室へもどる。

この間、約15分くらい。


ビショビショだった髪の毛もあっちこっちつれ回されてる間に
すっかり乾いてしまった。
なぜ、そんなに急いだかといいますと・・・。

手術室のスケジュールと調整したところ50分後か夕方が空いていて
夕方でもよかったけど、双子が未熟児で産まれるため産後にいろんな検査があり
そんなことをしていると説明が夜遅くになるから、無理やり50分後に入れたんだって。

こんなにバタバタせんでもー、、とも思ったけど逆に夕方だったら
緊張で心臓によくなかっただろうからドキドキする暇なく
あっという間に手術で結果的によかった。


ストレッチャーに乗せられ手術室へ。
時間がなかったのでものすごい勢いで運ばれる。

そしたら手術室の前に旦那が来ていた。
なんとかギリギリ間に合った。
けど、話す暇なく「じゃーねー。」と手を振っておしまい。

手術室へ運ばれると手術室担当の看護士さんと新生児の医師が待機。
すぐに麻酔科の先生が来ていよいよ始まる。

恐れていた麻酔。
ちゃんと効くのか、痛くないのか。それだけが心配だった。
友達が帝王切開で麻酔が全く効かず「痛ーい!!」と絶叫しながら
まるで江戸時代の腹キリのような壮絶な手術をした体験話を聞いていた
のでなおさら。

最初に背中に本チャンの大きな麻酔注射をするための麻酔を
背中5箇所くらいに注射。それから大きな注射をされたので全然痛くない。
そのうちじんわり足先にむかって暖かくなりしばし様子を見る。

痛くないけどつねられたり冷たいとかの感覚はある。
これがとっても微妙。
麻酔科の先生がいっぱいつねったり、濡らした脱脂綿を肌に当てたりして
「ここ痛い?これ冷たい?」と聞いてくるけど感覚はあるのでどう言ったらいいのか。

ここでちゃんとしておかないと手術が痛いのでは、と思うから
ずーっと「痛いような・・・。濡れた感じなような・・・。」とか押し問答の繰り返し。
そんな煮え切らない私に麻酔科の先生も気長にやさしくずっと付き合ってくれた。
結果的にこの麻酔にかけた時間の方が手術よりも長かった。

そしてマイケル先生と研修医が手術着で登場。
マイケル先生が帽子被ってマスクをするとますますそのグレーの瞳が強調され
サイボーグ的で直視できない感じ。

すると麻酔科の先生が「マイケル先生、今めっちゃ痛いことしてるけど・・・。」と。
私からは見えないけど、マイケル先生がピンセットみたいので私のお腹をつまんで
持ち上げていたらしい。全く感じなかった。

直後、「麻酔、OKみたいやね。」となり
マイケル先生の
「妊娠34週、ツインのカイザー(帝王切開)、よろしくお願いします。」との声でスタート。


私の手術、研修医の練習台になったようです。
マイケル先生指導のもと実際にしているのは横の若い研修医だった。
煙が立ち上り焦げ臭い匂いがし電気メスでお腹が切られているのが分かった。

その後はまったくなーんにも感じない。全然痛くもかゆくもなく淡々と進む。
第一子(ナオ)を出す時だけ「今からちょっとお腹押すからね~。」との声。
でもまったく押された感もなくあっという間に午後1時29分第一子誕生。
「おめでとうございまーす。男の子ちゃんね~。」との声。
泣き声もしっかり聞こえた。

ナオは新生児科の先生に渡され何やら全身をこすったり処置されている様子が見える。

その2分後の1時31分第二子誕生。
「おめでとうございまーす。こっちはね~・・・・・」と看護師さん。
なかなか赤ちゃんのお股が見えずらいらしく「
ちょっと待ってね~。。え~っと。。」と覗き込む。

(男の子って知ってますよ・・・)と内心で思いつつ、
こちらも元気な泣き声が聞こえ一安心。

ところが・・・
「女の子ちゃんですね~。」との声。

「?!?!?!?!・・・」(私)

「二人とも男の子って聞いてたんですけどー!!」(私)
これ、私のマジな出産後第一声。

マイケル先生の第一声。
「僕が男の子って言ったー!?」と目がキラリーンと光った

転院する前の主治医に二人とも男の子(3回くらい確認した)って言われてたし
男の子なら間違いないと思っていたので転院してからもあえて聞かなかった。

「前の病院の先生に言われてて・・・。」と言うとマイケル先生もちょっと安心したみたい。

後でこの会話を看護士さんにしたらすごい笑われた。
どうやら事前に言ってた性別と違うなんてこと、マイケル先生のプライドが許さなかったようです。
「マイケル先生なら想像できるわー。」と看護士さんが苦笑してた。


その後は頭の中が「おんなのこ?女の子?女の子!!」で頭グルグル。
二人を私の胸のところに置いてくれてしばし感動のひと時。
「ひゃー、小っちゃーい!」の連呼。
「お母さん、小児科でがんばってくるからねー!」と感動に浸る間もなく
1つの保育器に二人一緒に入れられて、ターっと新生児科の先生により運ばれていった。

手術室の前で撮った産まれた直後の二人。
nicu-8.jpg
(手前がチー。奥がナオ。)


手術室の前で待っていた旦那は手術室から新生児科のNICUに運ばれて行く
保育器に入れられた双子たちと一瞬だけ、ご対面。

男の子二人の双子だと思っていたのが
一人女の子ということで、ビックリ仰天だったはず~。



出産後から退院までの記録」へ続く。

双子妊娠から管理入院までの記録。 - 2008.09.28 Sun

よく質問されるのが
「いつから双子って分かるの~?」って聞かれます。答えは
「最初から~。」です。

正確に言うと2回目の病院くらいから。
普通の妊娠でも妊娠検査薬で陽性ですぐに病院に行っても
妊娠してることは間違いないけど正常妊娠かどうかは2回目くらいで分かるので
その辺はいっしょ。

ただすごい初期で双子と言われても稀にバニッシングツインといって
どちらか一方が消えてなくなる場合があるようです。


私は2008年3月25日(6週)で双子と判明しました。
その日のエコー。
kiroku-1.jpg
袋が二つはっきりと。エコー写真の下に先生の「D-Dtwin」の文字。
「D-D twin」とは二卵性双子の意味です。

その次の週。袋がハートみたいな形でかわいい
kiroku-2.jpg
出産予定日11月16日と言われる。
ここでこれまで通っていた病院では双子は出産できないから
紹介状を書くのでどこか他の病院へ行くよう言われる。

病院はいろいろ探したけど、やはり双子はハイリスクらしく
出産できるのは大きな病院ばかり。
私は徒歩で15分くらいのとこにある医療センターに決定。

ちなみにこの医療センター。
”医療センター”ってかっこいい名前はついてるけど小児科の規模が小さく
新生児科もない。そのため二卵性だったら受け入れるけど一卵性だと受入れ不可とのこと。
それだけ一卵性は双子のなかでも胎盤を共有していたり、いろいろとハイリスク。

私の場合は二卵性。
そして二絨毛膜ニ羊膜(にじゅうもうまくにようまく)と言われる
赤ちゃんの部屋が2つあり胎盤も2つある、という双子の中でも比較的リスクは低い方。


9週あたり。
kiroku-3.jpg
二人ならんだエコー写真はこの辺りまで。
二人並んで写ることができるのはごく初期で
これ以降は一人ずつのエコー写真となる。


9週あたりから「つわり地獄」に突入。

つわりのない人ってホントに幸せだと思います。
上の子の時もひどくて苦しんだけど、今回もさらにひどくそして長い。

24時間、寝てる時以外は常にしんどい。
起きた瞬間が一番マシな状態でそこから寝る時までずーっと下降線でとくに
夕方から夜にかけては最悪でした。

上の子の時には寝たきり生活ができていたけど
今回は長男の育児もあるのでそれほど休むこともできず
サークルの送り迎えやスイミングにも行かねばならず、、、。

さすがに晩御飯だけは作ることが出来ず
すぐ近くにある実家に晩御飯だけは食べに毎日通う生活。
食べにといってもリュウを食べさせるため。
私は当然、食べられず食べたとしても後でぜーんぶもどしていた。


そんな感じで24週くらいまでつわり地獄が続きました。


ちなみに双子の性別について。

双子と聞いて以来、性別については重要な関心事。
うちはすでに男の子がいるのでやはり私としては
第一希望は女の子・女の子
第二希望は男の子・女の子
第三希望は男の子・男の子  でした。

男の子3人だけは出来れば避けたいとおもっていたですが・・・。

私の場合、上下に双子が位置していて下の子(現在のナオ)は早い段階で
「男の子」と言われていました。上の子(現在のチー)はなかなかいつも見えずらく
だいぶ遅れて「男の子ですね。」と言われてしまいました。

恐れていた男の子3人か~、、、とちょっとショックながらも
男の子3人が坊主頭で歩いてたらかわいいだろうなぁ、、、とか
健康であればどちらでもいいわぁ。。と開き直りました。
その後、何回か確認してもらいましたが常に「二人とも男の子です」と言われていました



つわりが落ち着いた~と思ったのは3週間ほど。
またしても27週くらいから食べられなくなってきた。
今度は気持ち悪いというより圧迫感で。

吐くのがクセになってきたというか、とくにお風呂で頭を洗っている時の姿勢が
苦しくいつもお風呂で吐いていた。

体にも異変が。もちろんお腹が大きくてしんどいのはあるけど
私の場合、双子とは思えないほど普通の妊婦さんくらいのお腹で小さかった。
(実際、結果的に二人を足して一人分くらいの体重だった)

でも歩いていて突然、股関節が痛くなることがしばしば。
座っていて斜め後ろのものをとろうとすると股関節に激痛が。
そろそろ私の体も限界に近かったのかも(30週あたり)。

たまに双子でも39週くらいまで普通に過ごされ
そこそこの大きさで予定帝王切開でりっぱな双子ちゃんを産まれている方がいますが、

どうやら子宮にもいろんなタイプがあるようで、
子宮がよく伸びるいい子宮の人とそうでない人がいるみたい。

私は後者。
長男も38週で先に破水して自然分娩で産んだけど、最後はお腹が
石みたいにカチカチになったし、その割りに2500グラムと小さかったし。
私の子宮は赤ちゃんはあまり大きく育たないタイプのようです。


今回の双子も一応、25週位までは小さめながらもいい感じでエコーでは
成長してきたけど26週あたりから双子に体重差が見られるようになり
要注意!扱い。

双子の体重差は2割くらいまでなら許容範囲らしいが、
それを越すと管理入院してもらう、と医師に言われてしまう。

私の場合、切迫早産ってことでもなくただ双子に体重差が見られるから入院と
言われたけど、長男の育児もあるし入院はしたくなかったので
「入院することで体重差って改善されるんですか?」と聞くと

「入院して安静にすることで、双子への血の供給が均一になり良くなることもある、
とのこと。上の子がいたらなお更、安静生活なんて無理でしょ。」との指摘。
おっしゃる通り!長男の育児で走り回っていた私、安静とは無縁でした。

1週間後の検診で改善が見られなかったので
平成20年9月28日33週で入院となりました。

入院するとそれまで飲み薬で飲んでいたお腹の張り止めの「ウテメリン」が
24時間点滴になり常注。
このウテメリン。副作用があり私の場合、動悸息切れ・手の振るえがあり
ドキドキを抑えるために漢方の飲み薬も処方されていました。

病室から公衆電話に電話をかけにいったらハァハァして会話ができなかったり
暇つぶしで友達から借りていた任天堂DSは手の振るえで出来ず。。。


このウテメリン点滴。常に、なのでほんとにうっとーしー!!
ここの病院では4日に一回、点滴する手を変えるのですがその変える時を
見計らってダッシュでシャワー室へ。シャワー後はすぐに再び点滴開始。
点滴エラーや、終了して交換になれば深夜でもブザーがなり響き
4人部屋だったので周りに気を使ったり。(まわりも一緒だからいいのだけど)

そして何よりも嫌だったのが、
毎日の日課のNST(赤ちゃんんの心拍とお腹の張りを監視する装置)。

普通の妊婦だと赤ちゃんの心拍で1本、お腹の張りで1本の計2本のベルトを
お腹に巻きつけそのまま40分モニターするのですが、
双子だとさらにプラス1本の合計3本のベルトでモニター。

ただでさえ同じ体勢で寝るのがつらいのにお腹に3本ベルトをけっこう強く
巻きつけられ40分キープが私にはほんとに辛くて何度も30分あたりで
ナースコールしてもう限界、と訴えても許してもらえず。

他のベットの人も同じようにしてるのに、みんなしんどそうな雰囲気がなく
順調にモニターできている様子。
なんか私だけわがままな患者みたいで肩身が狭かった。
このNSTをつけること自体で緊張でお腹が張っていた。


入院して4日後の検診でやはり双子の体重差がさらにひらいてきた。
(一人はこの時点でマイナス1ヶ月の遅れ)ことが分かり、担当医より
「NICU(新生児集中治療室)のある病院へ転院してもらうかも、、。」との宣告。
そこからの医師の行動は早かった。

ニュースで最近しばしば取り上げられるNICU不足。


医師はすばやくNICUの空き状況を調べ空いているのを確認し、
明日転院してもらいます、と速攻言ってきた。

転院するにしてもまだ先だろうと思っていた私が少し戸惑っていると
「このままここで様子をみて産んだとしても小さく産まれることは必須で
その時にNICUが空いているかどうかは分からないし、双子なので
2つ同時にNICUが空いてないと最悪の場合、お母さんはここの病院、
双子は別々の病院、となったら3箇所の病院に分かれてしまうので
後で病院通うのが大変になるよー。」と。

ごもっとも!あとから思えばなんて迅速かつ賢明な判断。
お腹の中に双子がいるうちに転院してもらいすぐにNICUで処置できるほうが
いいに決まってる。

というわけで入院5日目で県下でも周産期医療の中核病院へ
長男憧れの救急車に乗って転院
(サイレンは鳴らしてなかったけど産婦人科の医師1名付き添いのもと搬送)

それまで入院していた医療センターは最近建て替えられとっても綺麗な病院でしたが、
転院先の病院は古くからある病院。

当然、病棟も産婦人科の内診室も古くて暗~い感じでいっきにテンションがさがり
自宅から車で40分ほど離れた病院になってしまったこともあり超ブルー


そして新しく担当医になった男性医師を見て少しビックリ!
「外人か?」と思うくらい髪は黒いけど見た目、思いっきり外国人。
まるでサイボーグみたいな吸い込まれそうなグレーの目をしていて直視できない・・・。
でも名前は漢字でふつうの日本人の名前でバリバリの関西弁。(以下、先生をマイケル先生と言う)

転院してきた緊張とマイケル先生の迫力に戸惑う私。
後で看護士さんに質問したら「マイケル先生はアメリカ人とのハーフで
お兄さんも産婦人科医で一時期は兄弟で一緒に働いてたことあるのよ~。
私はお兄さんの方がかっこよくてタイプやったわ~。」と
聞いてないことまで教えてくれた。

でもこのマイケル先生。
親切でやさしく外国人張りの気遣いがあり、とっても良かった。
それに転院してから体が慣れてきたのかウテメリンの副作用もマシになり
しかも大嫌いだったNSTも4日に1回。

転院してきて古い病院でテンション落ちていたけど、
転院してきてからのほうが体の調子もよく元気。

そして新生児室をすこし覗きに行くと、やはり普通の新生児室とは違う
ものものしい雰囲気とその規模にビックリすると同時に
この病院だったらいつ早く小さく産まれても大丈夫だ、という安心感からか
体の調子が安定し楽になった。

ただひとつ難点は。
ウテメリンの点滴。ここの病院では出産するまでおそらく一時たりともはずさない方針。

私はシャワーが毎日許可されていたけど、シャワーの時も入浴前にナースコールをして
点滴をストップ。針をさしたまま長いビニール手袋をしテープで頑丈にとめて入浴。
入浴後は再びナースコールをして点滴開始。
点滴してる方の手に気を使いながらのシャワーは非常に疲れシャワー後は毎回、
息切れしながらベットに戻る状態。


予断ですが・・・。


病室は4人部屋でそれぞれカーテン締め切りなので隣のベットの人ともほとんど
顔を合わすことがなく、友達ができるかな、と思っていた私はちょっと残念でしたが、
締め切っていても看護士さんの会話は聞こえてくるので大体、どのような状態で
入院してきたかわ想像がつきました。

私の隣の方。
私が転院してくる1日前に転院してきた人のようで
どうやら”兵庫県豊岡市”から来てる人のようでした。

豊岡って・・・。

ここの病院まで4,5時間はかかる遠方。
兵庫県の北の方では周産期をカバーする病院はないようで転院してきたみたい。
そして妊娠中毒症でかなりの高血圧と頭痛。
そんな遠方だと旦那さまも週末しか来られないようで旦那さまが帰られた後には
カーテン越しにしくしく泣かれている様子。

ちょうどその頃、「脳出血の妊婦が病院たらいまわしで亡くなる」というニュースが
あった時。そのせいではないと思うけど、かなりピリピリムードで1時おきに
血圧を測りにくるという重点看護。
夜中でも頭痛を訴えるとにわかにバタバタしだし、医師が飛んできたり。

そんな状況なので私としては自分が一応、安定していただけに
とっても耳ダンボになって気になるー。。。。
結局、私の方が先に出産・退院したので最後までお話することなかったけど
無事に産まれたのかどうか・・・。

ほんと色んな形の管理入院があり、無事に最後の出産まで迎えることが
できるのって幸せなことなんだなぁ・・・と痛感し勉強になりました。


話を元に。


入院して5日目(34週)のエコー検診ごマイケル先生のお話が。

「やはり相変わらず二人の体重差は変わらず。
エコーでの推定体重は一人目ちゃん1606g、二人目ちゃん2172g。
入院して安静にしても差が変わらずそして入院前からもあまり増えていない。

失礼な言い方だけど、このままお腹の中にいても意味がないし
一人目ちゃんがどんどん苦しくなるだけやなぁ。

幸い週数も第一目標の34週までいってるので早めに外に出して
新生児科の力を借りながら外で大きくした方がいいかもね。」とのこと。

改めて2日後のエコーで判断して決断することに。

いよいよ出産までカウントダウンが始まりました。


続きは「双子誕生当日の記録」へつづく。

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プロフィール

mikachu

Author:mikachu
mikachu☆ミカンが大好きな私
・長男リュウ★わんぱく坊主
2005年生(出生体重2500g)
・次男ナオ☆天真爛漫・おちゃらけ
2008年生(出生体重1408g)
・長女チー★超~負けず嫌い
2008年生(出生体重2014g)

*ナオとチーは二卵性双子です。
::::::::::::::::::::::
リュウは38週自然分娩で誕生。
ナオとチーは34週帝王切開で誕生。

うちの子供たちはね・・・

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